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人はいつから自然をコントロールしようとし始めたのか?~宗教の変化からみる自然観の変遷~

 

 外出中、雨が降ってきて「雨なんて降らなければいいのに・・・」と思ったことはありませんか?自然がもっと都合の良いように動けばいいのにと思うこと、僕もあります。現代は良くも悪くも便利な暮らしで、自然をある程度コントロールできるという認識が当たり前になっているように感じます。

 

でも、そう思い始めたのはいつからでしょうか。

縄文時代は人間は自然の一部だと理解し、「狩猟採集型」の暮らしで1万年以上も暮らしていました。すごい持続可能な暮らしですよね。

sustainablemj.hatenablog.com

 

いつから自然をコントロールする自然観になり始めたのかを、宗教の歴史から読み解いていきましょう。

 【宗教の始まりは「自然崇拝」】

もともと縄文時代は「自然崇拝」をしていたと考えられます。

天空、大地、山、海、太陽、月

雷、雨、風などの気象

樹木、森林、動物(特に熊、狼などの猛獣)など自然への圧倒的な感情、畏怖、感謝、敬意、感動などを感じ、自然そのものを崇拝していました。

 

縄文人の暮らしは小規模のコミュニティが散在し、コミュニティ周辺の自然を知ったうえで持続可能な形で「狩猟採集」をしていました。夏になるとこの植物が採れる、あの魚を採りすぎるといなくなってしまうから採りすぎないようにしようといった感じ。多少天候が変化しても自然を観察して、そのとき採れる食材をとる。天候の変化も致命的ではありませんでした。

生まれてからずっと周囲の自然環境と密接な関係を持ちつつ育つ縄文人は、はじめから季節の移ろいやありとあらゆる天気の変化が、地球そのものの存続にとって絶対に欠かせないものだということを知り抜いています。彼らは地球に対するリスペクトを忘れず、「狩猟採集型」の暮らしで自然と調和しながら暮らしていましたと思います。

【「神」とコミュニケーションをとるアニミズム

弥生時代に突入し、「農耕」がはじまります。農耕ではまとまった食料が手に入るようになったことで、コミュニティも大規模になります。安定して大量の食材が採れるようになった分、天候への依存が大きくなります。雨が不足すると、稲が全滅し集落全体が飢えに苦しむことになります。

 

そこで弥生人は祭りを始め、神に祈りをささげました。よくあるのは雨乞いですね。

祭りとは、神と人々が時と場所を決めて出会い、酒食をともにしながら人は神を敬い、神は人の暮らしを保証するという、神と人との一体感を強め、それを確認する機会です。

神に祈りをささげコミュニケーションをとることで、自分たちの都合の良いように天候をコントロールしようとしたというわけです。

 

「狩猟採集」から「農耕」へと暮らしスタイルが変化と同時に、「自然崇拝」が「アニミズム」に変化していったと考えられます。

アニミズムとは、生きものだけでなく、石・土・山といった無機物や嵐・雨・火などの現象にまで、神様精霊が宿っているという考え方です。

特徴として物体・現象そのものではなく、その背後にある霊的存在・精霊・神様を信仰します。

例)

嵐は、嵐の神様が作っている

地震は、地面の神様が怒ったからだ

祭りのやり方も体系化されていった

 

自然崇拝とは違うのは、

例えば「嵐はすごい! 嵐を信仰しよう!」これが自然崇拝。これに対して「嵐は、嵐の神様が作っているんだ! 嵐の神様を信仰しよう!」こっちがアニミズム本当にすごいのは、背後にある霊的存在というわけです

 

 

アイヌ族の「イヨマンテ」という儀式をみると、神とコミュニケーションをとろうとした精神性がわかりやすいです。

 

アイヌ民族は、冬眠中の熊を狩っていました。

母熊はその場で屠殺して食べますが、小熊がいた場合は連れ帰って大切に育てました。

小熊は人間と同じように母乳を与え、上質な食事を食べさせて大切に育てられます。そして、2年をかけて育て上げた後に、盛大な送りの儀式が執り行われます。

その場では、大切に育てた小熊を屠殺(とさつ)し、解体して、肉がふるまわれます。

実は、この儀式には、アニミズムの思想が大きく関わっています。

アイヌ民族この熊を、熊の姿をして人間界にやってきたカムイ(神)であると捉えていました。そして、カムイが宿った小熊を丁重にもてなし、送りの儀式を行って神々の世界へお送りするものと考えていたのです。

 

カムイはもてなしの礼として、小熊の肉や毛皮を置いていきます。その後、神々の世界へ戻ったカムイは人間界でのもてなしを他のカムイへ伝え、また小熊となって肉や毛皮を携えて人間界へやってきます

出典:http://www2.rikkyo.ac.jp/web/katsumiokuno/CA23.html

 【自然観の変化と宗教の変化】

宗教の変化と自然観の変化はリンクしています

自然に祈りをささげるための対象として神・精霊を作り出し、自然そのものとコミュニケーションを取ろうとしたんですね。

 

いまはテクノロジーの進歩により、自然をコントロールできる程度が大きくなりました。その分、僕ら自身が自然を支配できると思いがちです。きつい言い方をすると、傲慢になったと思います。

普段、祭りの精神性・目的を普段あまり気にすることはありません。

祭りの精神性を思い出し、自然を尊重することが大切な気がします。現代では、自然を崇拝するくらいがちょうどいいのではないでしょうか?